転倒は命の黄色信号
どれくらい転倒は起きているか?
恥ずかしながら,私も最近転倒し骨折をしてしまいました.
転倒=高齢者だけに起きるもの
ではないということですが,ここでは高齢者の転倒に焦点を当ててお話をしていきます.
日本の地域にお住いの高齢者では,10~25%,報告によっては30%の方が1年間に最低1回以上の転倒を経験すると報告されています(長谷川,2008).
およそ3人に1人といったところでしょうか?
そして転倒時の状況としては,「歩行中」「つまずいて」「前方」への転倒が多いとされています.
そして意外なのが,年齢が高齢になるにつれて屋内での転倒が多くなるということです.
油断なりませんよね…
そして,パーキンソン病や脳卒中などの疾患をお持ちの方になると,
健康な高齢者と比べ物にならないくらい転倒が多くなります.
転倒は命の黄色信号
歩くこと,「歩行」について考えてみたいと思います.
犬や猫,鹿やキリンなどの多くの動物は四本の足で歩く四足歩行動物です.
一方で,私達人間は二本の足で歩く直立二足動物です.
立った時に四点で支えるのと二点で支えるの
どちらが安定するかは言うまでもありません.
しかし,専用のフードの普及もあって今や動物も高齢化が進む時代.
私は見たことがありませんが,犬や猫も転倒するようで
近年ではそれを予防するための歩行車が販売されています(amazonで売ってます).
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自然界で鹿やキリンが転倒してしまうとどうなるでしょうか?
すぐに肉食動物に狙われたり,自分で食物を調達できなくなってしまいます...
四足歩行をする動物が転倒すると,死が近いことを表しているようです.
そして,これは人間にも当てはまります.
転倒してしまうと,次回以降にお話する外傷や心理面への悪影響を与えます.
人間界には手術やその後のリハビリ,
家族の助けや介護保険によるサービスによってすぐに死に至ることはありません.
しかし,そういう援助がなければ四足歩行の動物と同じく死が近くなることは想像がしやすいでしょう.
以上のことから「転倒は命の黄色信号」ということができます.
それを可能な限り予防し,外傷に結び付けないことは,私達セラピストの役割の一つだと思いますし,
超高齢社会の今,転びそうなご両親や親戚を守ることはそのご家族の役割だと思います.
「思ったよりも」現象は転倒を招く⁉
思ったよりも・・・
”階段を降りようとしたら思ったよりも一段が高かった”
”物を取ろうとしたら思ったよりも遠かった”
日常生活を送っていて,こんな場面はありませんか?
前回のブログで紹介した脳と身体のミスマッチですね…
私の考える転倒の定義 - リハビリのすゝめ (hatenablog.com)
脳卒中や骨折などで入院している高齢者の方では,
「自分でトイレに行けると思ったけど,思ったよりも一人で立てなかった」
私の職場ではよく見聞きする転倒原因です.
このような「思ったよりも」現象は,年齢を重ねるにつれて,身体機能の低下によって多くなる現象のようです.
若い人であれば,「思ったよりも」現象が起きても咄嗟の反応が出来ますが
高齢者や身体機能に支障のある方ではうまく対応できず転倒に至ってしまいます.
認識誤差とは
「思ったよりも」現象を説明するのに認識誤差という言葉が役立ちます.
認識誤差とは,
「自分の認識している身体能力 と 実際に遂行できる能力の差」 のことを言います.
自分は100できると認識しているのに,実際70しかできないと
30の認識誤差が生じるわけですから,そこで「思ったよりも」現象が生じてしまいます.
この認識誤差について,Functional Reach Testという検査(立った状態でどれくらい手を前に伸ばすことができるか)を応用して評価している研究が多いようです.
立って手を伸ばす前に「どれくらいまで手が伸ばせそうですか?」と予測をしてもらって,
その後実際に前に手を伸ばしてもらいます.
スライドでいうところの青点線と赤線が認識誤差の距離になります.
認識誤差と転倒
興味深いことに
若い人ではこの認識誤差を過小評価(予測よりももっと遠くに手を伸ばせる)
虚弱高齢者では過大評価(予測よりも手を遠くに伸ばすことができない)
する傾向にあるようです(Robinovitch, 1999)
過少評価であれば,「ああ,もっといけたな」で終わりますが,過大評価では「思ったよりも」現象に陥ってしまいます.
認識誤差は転倒経験とも関連があるようで
転倒経験のある高齢者で過大評価しやすいこと(岡田,2008)や
認識誤差がその後の3か月間の転倒危険因子になること(杉原,2005)が明らかになっています.
転倒予防には筋力やバランス能力はもちろん大事ですが,
自分はどれくらい動けるのか?
それを認識することもとても重要であることがこれらの報告から分かりますね.
おわりに
「思ったよりも」現象についてお話してきました.
この現象の引き金は認識誤差です.
高齢者や脳卒中や骨折を受傷した患者さん達の
自分の身体能力の認識の基準は,多くの場合元気だったころであることが多いです.
その認識のまま動くと,筋力やバランス能力が伴っていないと転倒に至りやすいです.
そういった患者さんに対して,僕らがしなくちゃいけないこと
マッサージや筋力増強訓練,バランス訓練だけではないことは明白ですね…
私の考える転倒の定義
転倒の定義
転倒って何でしょうか?
「転ぶこと」
シンプルに言うとそうなります.
シンプルすぎるので色んな人や学会の定義をみてみましょう.
- 「倒れた際に高低差の移動が生じなかったもの」(東京消防庁)
- 「他人による外力,意識消失,脳卒中などにより突然発症した麻痺,てんかん発作によることなく,不注意によって,人が同一平面あるいはより低い平面に倒れること」(Gibson, 1987)
- 「家具や壁などの構造物は除いて,意図せずに地面や床などの低値に倒れこんだ場合」(Buchner, 1993)
このように色んな表現がされています.
簡潔に言うと,「色んなことが原因で低いところに倒れこむこと」なんでしょうね.
私の考える転倒の定義
ここでは先に挙げた転倒の定義と
これまでに私が関わってきた患者さんの転倒原因
この2つから私なりの転倒の定義についてお話していきます.
私が関わってきた患者さんの転倒原因で代表的なものを2つ挙げます.
- 何かものを取ろうとして
- 小さな段差やカーペットなどにつまずいて
医療職の方であればこの2つはよく見聞きする原因ですよね.
よく転んだのは,
足腰の力が弱いからだ!
バランス能力が衰えているからだ!
と言う方がいますが,その考え方では部分点しかあげられません.
私は上記2つの転倒原因を下のスライドのように考えています.
ヒトの運動は身体,すなわち筋肉や関節だけで遂行することはできません.
そこには脳の指令があってその指令を出す前には,「こうしたいな」といった意図と運動の計画があります.
この指令によって身体は筋肉や関節を使って運動をしますが,ヒトを取り巻く環境は時々刻々と変化します.
平面,段差,階段,アスファルト,曲がりくねった道,人ごみ,砂浜,…
環境が変化した情報を脳が感知し,
理解し,
その環境に適した運動を身体に指令し,
身体がその通りに動くことで安全な運動が遂行できています.
(例:人ごみの中でぶつからないように身体をひねりながら歩く)
このスライドは,脳と身体,環境が互いに関係しあっていることを表しています.
ここで代表的な転倒原因に戻り,この関係と絡めて考えてみます.
①の「何かものを取ろうとして」転倒は,
脳がものとの距離を認知して(脳-環境),実際に手を伸ばしてみると
自分の身体の動きでは届かない距離で(脳-身体),そのまま転んでしまうという事例です.
②の「小さな段差やカーペットなどにつまずいて」転倒は
予測していなかったつまずき(環境変化)に対して,とっさの一歩を出すことが出来ず(脳-身体)転んでしまうという事例です.
①と②の事例ではどれも脳ー身体ー環境の不一致によって引き起こされていることがお分かりになるかと思います.
以上のことから,私は転倒とは
「脳と身体,環境のミスマッチが原因で同一平面,あるいは低い平面に倒れること」と認識しています.
ただし薬剤やめまい,心臓の機能によるものは例外です.
これらによる転倒事例は,上記の定義は満たしていません.
(立ち上がって目の前が真っ暗になってふらつく,睡眠薬の影響で明け方よろめく...etc)
次回以降に紹介する転倒予防体操は,この定義の範疇に対して効果的です.
おわりに
転倒は足腰の筋力低下やバランス能力の衰えだけで起きるものではありません.
脳-身体-環境の相互関係のミスマッチから起きるもの
そう考えると患者さんや利用者さんの身体機能ばかりに目を向けてちゃだめだな,ということがお分かりいただけるかと思います.
理学療法士が転倒・骨折して感じたこと②
今月の頭に骨折をして一か月
ようやく明日から仕事に復帰します.
Twitterで心配や励ましの声掛けをして頂いた皆様,どうもありがとうございました!
この一か月を振り返りたいと思います.
転倒・骨折して感じたこと
- 骨折って想像以上に痛い!
- 見ず知らずの人(通院先の先生,すみません)に痛いところを動かされるのって怖い!
- 骨折したところが夜うずいて眠れないってつらい…
- 同じ自転車に乗って同じ道を走る時,また転ぶんじゃないか,っていう恐怖がある
私の職場は回復期病院で,骨折後の患者さんのリハビリをすることが多いです.
その患者さん達って僕と同じことを思ってるんだろうな…
さらに患者さん達は腰や足の骨折,立って歩くたびにつらいだろうな…
2番目に感じたことなんて僕らのやってることです
これまでにその部分に配慮できていただろうか,と感じています.
もちろん,「痛くないですか?」「大丈夫ですか?」と聴きながら患者さんの身体を動かしてましたが,その一つ一つの言葉の重みを考え直しています.
言葉では優しい声掛けが出来ているけど,本当に患者さんのことを考えることが出来ているか?
今回,僕が骨折し患者さんと似た立場になったことは,
これまでの僕の患者さんへの関わり方を自省するきっかけになりました.
出来ることなら骨折しないに越したことはありませんが,一度は患者さん側の立場になって考えることも医療者には必要かもしれません.
あなたのその言葉,その行為は本当に患者さんのことを考えることが出来ていますか?
はじめに 「10年」をどう過ごす?
「10年」
いきなり?何の10年でしょうか?
2分の1成人,僕がアラフォーになるまで?,タイムマシーンができるまで?
10年について色々考えることがあるかもしれませんが,今回はこれです.
上のスライドは日本人の平均寿命と健康寿命を男女別に表した図になります.
縦軸が年齢で,横軸が西暦
青線が平均寿命で赤線が健康寿命ですね.
平均寿命はお分かりの通りですが,健康寿命は初めて聞く方も多いかもしれません.
健康寿命はこのスライドにもあるように「日常生活に制限のない期間」とされています.
改めてグラフを見てみると,男女とも平均寿命は健康寿命よりも年齢が高いです.
そしてその差は2001年から2016年まで,おおよそ「10年」であることが分かります.
このグラフから言えることは,
男性も女性も「寿命を全うする前の約10年間は自分の思うように生活が出来ていない人が多い」
ということです.
自分の行きたいところに1人で行くことができない
トイレに失敗してご家族に替えてもらう
お風呂に入るのに介護士さんに手伝ってもらう,・・・
こんな感じでしょうか.
10年間誰かの手を借りて,自分の好きに生きることができないのって想像するだけで嫌ですよね…
この「10年」をどう過ごすかは,それまでの生活習慣の積み重ねで大きく変えることができます.
「10年」の差を短くする方法
では平均寿命と健康寿命の差を埋めるためにはどんな方法があるのでしょうか?
厚生労働省の調べによると,その方法として
「運動」 「栄養」 「禁煙」
この3つがあります.
一般的に生活習慣病の予防方法と一致しているかと思います.
では具体的にどんな運動をすればいいのか?
何を食べればいいのか?
禁煙に何度も挑戦してるけどうまくいかないんだよな…
こう思いますよね.
私は理学療法士ですので,「栄養」「禁煙」について専門的なことはお話できませんが,「運動」についてはお話できます.
この転倒予防のすゝめでは,
「運動」の中でも,健康寿命を低下させる原因の一つとされる ”転倒” を予防するための運動を紹介したいと思います.
転倒予防のすゝめ
転倒予防のすゝめ
note時代にもこのタイトルで私の転倒予防に関する考え方を発信してきました.
あれから約1年
1年でさらにアップデートできたかなと感じています.
このブログでは,転倒や転倒回避動作に関する知見から私の考える転倒予防策を発信していきます.
①あなた自身が最近転びそうで不安
だけどどんな運動をしたらいいのか分からない!
②あなたの親族で転びそうな人,よく転ぶ人がいてどうしたらいいのか分からない!
③医療・介護職の方で転倒について興味のある!
こんな方に読んでいただけたらと思います.
「転倒をセラピストが予防するものから,高齢者家族が予防するものへ」
超高齢社会の今,私達セラピストだけでなく,高齢者を取り巻くご家族の果たしてくれる役割って大きいと思います.
一番長くいっしょにいるのはご家族ですからね.
それでは転倒予防のすゝめ始めます!
理学療法士が転倒・骨折して感じたこと
はじめに
私事ですが自転車で走行中に滑って転倒してしまい,片腕を骨折してしまいました.
「まさか自分がこんなことになるとは,…」
片腕が使えず,仕事も休職するしかなく大変みっともない思いをしています.
それと同時に,この経験をして理学療法士として感じたことがあったのでまとめてみたいと思います.
転倒恐怖感は本当にある!
読者の皆様は「転倒恐怖感」という言葉を知っているでしょうか?
転倒恐怖感とは,その言葉の通り「自身の転倒に対する恐怖感がある」という意味です.
転倒恐怖感がある高齢者は要介護の発生リスクが増大することが報告されており,
最悪なパターンは転倒を恐れるあまりに身体活動量が低下してしまい,身体機能が衰える転倒後症候群に陥ることです.
今回,私は自転車走行中の転倒でしたが,もう一度同じ自転車で走行することに若干抵抗があります.
これはもう「転倒恐怖感」です.
使っている自転車はミニベロバイクといってサドルが高くなりますので,重心の位置が高くなります.
今回の転倒は頭から前に倒れそうになって片腕の防御反応が出たものでした.
これを機に,低重心で支持基底面の広い(タイヤが大きい)ママチャリに替えようかな,と思ってます.
(ミニベロバイクが悪い,と言う意味ではありません!)
この発想って今まで何もなしで歩いていたけど,骨折しちゃったから安全のためにこれから杖を使って歩こう!
これと一緒ですよね(笑)
アラサーの転倒でも転倒恐怖感はあります!
身体機能の低下のある高齢者ではなおさらなのかもしれません.
この経験を臨床でどう活かす?
臨床で私は,どの患者さんでもFalls Efficacy Scale(FES)を聴取しています.
「どれくらい転ばない自信があるのか」を各項目ごとに聞いていくものです.
今まではそのアンケート通りに実施していました.
このアンケートに追加して,環境設定をした上での「転ばない自信」を聴取してもいいのかなと感じています.
杖を使った場合,歩行車を使った場合,手すりを設置した場合,福祉用具を使った場合…
「転ばない自信」をつけるためにどう対策すべきか?
セラピストからみた客観的指標
検査・評価からみた数値的指標
これらの指標だけではなく患者さん本人の主観的指標にももっともっと拘ろう,と感じました.
おわりに
理学療法士が転倒・骨折して感じたことについてお話してきました.
アラサーでも転倒すれば「転倒恐怖感」はあります.
身体機能が低い高齢者ではなおさらなのかもしれません.
僕らのリハビリテーションでは,身体機能を上げ数値的指標を高めることも重要ですが,
患者さん本人の主観的指標にももっと拘るべきです.